ある年の春
口角の下がった女性に会った
― わたしはフランスには行かない
青のバスクシャツを着ていて
デニムはぴったりとしていた
ー あしたもあさってもやることがあるの
髪は肩まである黒髪
ほっぺたの赤がポイント
ー 来年のことは来年になる前日に訊いて
油断すると口角がさがってしまうらしい
よほど幼い頃になにかあったのか
それとも
ー とにかくわたしはこの家を出る気はないの
それとも
じぶんを守るための
防衛本能かなにかなのか
ー あしたの朝は早いからもう寝ます
おおきな帽子を持っていたが
それを被るイメージはわかない
ー 彼女の意思は固いらしい
明るい色の服を纏っていても
なぜか黒のイメージが浮かんでしまう
ー 朝になればまた話をすればいい
真っ赤な口紅をつけて
真っ黒な服を身に纏った姿
ー とにかく僕はフランスへ行く
あの
きみが持っているのは僕のサンドイッチで
きみが頼んだのはこのハムチーズのサンドイッチ
ー 僕はまたフランスへ行くんだ
駅はあらゆる人が行き交っていた
そのなかでぽつりと時間が止まったようだった