まさに、夏の最中。
と思った時には、きっと夏は終盤。これから夏だね。と思った時には、きっと夏の最中。
いつの時代も、いつの年代も、季節は往々にして先に進んでいる。つまりは今、ものすごく暑い8月の只中は、夏の最中と感じるから、きっともうすぐ終盤。気温は38度。毎日こんなにも暑くていいのか。体温より高く、風呂よりぬるい。

ロイヤルホストでフレンチフライとビール。脇には自己啓発本(謙虚と自由で、世界は無限大らしい)。待ち人は特にいないが、平日の午後2時に、ファミレスでビールを飲んでいられる人間は、この日本にはほとんどいない。サラリーマンはコーヒーとパソコン。マダムたちはドリンクバーを往復。
店員の女は、今日も笑顔を浮かべて接客している。髪の毛を一つに結って、壁の向こうが見えるかもしれないと思うほどに色が白く、いつだって笑顔が張り付いたような無表情さ。プライベートで面識があるわけではなく、あくまでも店員と客ではあるが、彼女は犬より笑わない。別に犬が笑うわけではないのだけれど。
笑って生きていればなんとかなる、と叔父はよく言っている。たしかに笑っていれば解決することは多くある気がする。だからといって、全てそうしてきたかと言われるとそれも違う。意外に頑固だよね。と僕は人に良く言われる。意外と頑固って、頑固ですね!と言われてるのと同じだろ。といつも思う。またくだらないことを思い出す。
思い出しついでに、小学校1年生の頃、ある日の登校時に、なんで学校へ行かなければいけないのだろうと思ってしまった。しかもきっかり時間を守って。勝手に決められたルールの中に、自ら飛び込んでいく阿呆がどこにいるのか、と。そうやってしばし、登校の時間を勝手に遅らせていると、親が学校に呼ばれ、僕はそのことでひどく叱られて、程なくして学校へ規定どおり通うことになったが、自分自身を意識すればするほど、学校への足は遠のいた。その度に、わざわざ立ち止まってみた。そんなことが幾度かあると、先生がよく来たね、偉かったね。と言った。その時は、これも意味のあることだったんだな、と感傷に浸った気がする。問題児であったと思う。教員たちの議題にあがるほどの。大人が考える「子ども」の枠組みから外れる子はやはり厄介なのだ。たとえそれが優秀でも、そうでなくても。

彼女が僕の隣のテーブル席を片付けにきた時、不意に話しかけてきた。
「またビールですか」
「休みだからね」
「あの、大学生ですよね?」
改めて彼女の顔をまじまじと見ると、目が大きかった。
「大学3年です」
「いいな。昼間からビール飲めて」空のパフェグラスを片付けている。「学生なら普通ドリンクバーですよ。おばさまたちだってドリンクバー、男性の方もドリンクバー」
「学生だからって、ドリンクバーでなければいけない理由はある?」
彼女はそれには答えずに、冷酷とも言える笑みだけを僕に向けて、パフェグラスを片付けて去った。
僕の家は特別裕福なわけではない。誤解を恐れずに言うと、叔父が少しばかり裕福であるだけだ。いくつかの飲食店を経営している人で、僕にとって良き理解者である、両親よりもずっと。

本を読むのも飽きたので、僕は残りのフレンチフライを食べ切り、数センチ残っていたビールを流し込んだ。外を見るとアスファルトがじりじりと焼け付いているのがわかる。熱気を帯びた空気は目に見える。
会計に行くと、彼女が対応してくれた。
僕は伝票を出しながら彼女に言った。
「決して勉学を疎かにしているわけではないですよ。誤解されたら困ると思って」
「不真面目だとは思ってませんけど」
「金額お確かめの上、こちらにお金をどうぞ」微笑みのマスク。
僕はお金を投入する。
「アルバイト?」
「いえ、社員です。ここの。働いているの」
「あ、それは失礼」
「別に失礼ではないです」
こうして話してみると、無表情とはちょっと違うなと、僕は思った。
「今日の勤務は18時までだから」と彼女は僕の目をじっと見つめて言った。
「えっと」
来店があり、僕の返事ともつかない問いかけは消され、彼女はそのまま接客へと向かった。微笑みのマスクをつけ直して。

18時過ぎに、ロイヤルホストの向かいのコンビニに着いた。
彼女に誘われたわけではないのに、のこのこと戻ってきて、なんでいるの。なんて言われたどうしよう。と不安に思い、コンビニを2周して、なにも買わずに出た。すると、彼女がロイヤルホストの前に立っているのが見えた。僕はなんとなく立ち尽くしていると、彼女は気がつき、こちらに手を向けて、そこで待っててと合図した。きっちり横断歩道を渡り、たっぷりとしたキャンバス生地のトートバックを肩に下げて、赤のボーダーのシャツがとても良く似合っていた。
お待たせ、良かった居て、ありがとう、とか言われるかと思った。
「やきとん、食べない?」と言われた。
僕は、もちろん。と言った。
外は茹だるような暑さで、蝉が鳴くのもためらっているようだった。実際に暑すぎると夕立も発生しないらしいが、暑くても今は雨は降らなくていい。
焼き鳥じゃなくて、やきとん。やきとん、やきとん、やきとん、豚のことか。なんて思いながら、彼女の後をついていった。