傘は家に置いたまま

ぼくが
椅子に座ると同時に
雨は
降り出した

ぼくは
まったく濡れていないが
濁った窓から眺めた雨は
じとじととしていて
髪の毛の一本一本の
そのすべてを
濡らしているような気がした
雨は次第に強くなった
道路の轍に細長く溜まり
そして黒ずんだ
それが滑り来るタイヤによって
弾かれると
楕円形の粒が空気中に弾けて
瞬く間にその時を満たした
時間が進むにつれて
きょうが灰色で完結することを知った
西へと沈む太陽が
差し込む隙間すらなかった

ぼくが
椅子から立ち
重く厚いドアを開けるときには
雨はすっかり止んでいた

遠くから車の走る音がきこえる
ぼくは道の横に立ち
道路の黒ずんだ轍をみた
それは深く抉られた
きのうより前のことみたいだった
車はぼくの隣にやってきた
滑り来るタイヤによって
弾かれた楕円形の粒が
ぼくのズボンを汚した
汚れたズボンは
心地よく
なぜか叫びたくなった
ありふれていて
木々の隙間から空へ
抜けていくような
甘美な言葉を叫びたくなった
しばらくすると
雨が滝みたいに落ちてきて
ぼくの全身を流した
ほんのわずかな時間だった

雨が降り続いている
ぼくが座ってから
立ち上がるまでの間のこと
そして流れるまでのこと

傘は家に置いたままにしてある。