過去

これほどの細い道を歩いた記憶はあっても
車で抜けた記憶はたぶんこれが最初だ
ときおりサイドミラーをたたみ
ブレーキを右足で小刻みに調整しながら
この細くでこぼこした道を行く
石垣には猫がいたり
蔦がやたら濃くからまっていたりしている
小高い山の頂上付近では
鳶が旋回をほぼ無限に繰り返している
FMからは顔も知らない女性の歌が流れ
わたしの車をコーティングした
今日はときおり
(一時間に一度くらいの頻度で)
強く風が吹いた
それはいつも正面から吹いた
地面の表面に転がる砂を巻き上げ
ぎりぎりで繋がる葉を飛ばした
向かう先が北でも南でも関係なかった
車が細い道を抜けると
閉ざされた砂浜にたどり着いた
車を降りて後ろを振り返ると
道はあまりに狭く
牢獄に差し込むわずかな隙間のようだった
風がひゅうと鋭く吹き抜けた
近くの岩に腰掛けて
どこからともなく現れて
目の前から猛然とやってくる
風の音を探し聴いた
わたしは生まれつき耳だけはよかった
耳の形はいびつだが機能は優れていた
でもそれを評価してくれる人はいなかった
長年付き合った恋人も知らなかったが
わたしも恋人について特に知らなかった
好きなたべものとか色とか
あまりにありふれていた
ポケットに入っている車の鍵が
やたらと重く感じる
投げて捨ててしまいたいと思う
叫んで笑いたいと思う
だから代わりに
砂をすくって空中へ泳がせる
キラキラと光を浴びて
一粒が限りなく広がる
何億光年もの彼方から吹いた風が
わたしのからだを捉えていた