ピストル

残忍な勇者は
丘へは登らず荒野を歩き
川を渡って国を越えた
(船はあったが使わなかった)

残忍だったが武器は持たず
持て余した力を
金と食料にかえた

残忍だったが愛はあった
しかし家族という形には敵いそうもなく
夢という希望にも到底太刀打ちできず
涙の代わりに言葉を投げつけた

残忍だったが言葉を話せた
笑顔をうまく消した話し方だった
かなしみというより
さみしさが勝っている種類の話し方だった

残忍な勇者は
力を優しさには使わなかった
幸福が優しさから作られていくことを知っていたから

残忍な勇者は
その残忍さを森のなかでは脱ぎ捨てることができた
木々が倒され火を放ち焼き払われても
森の中に留まろうとした
森の中で眠り森の中で呼吸していたから

残忍な勇者は
その残忍さがやがてじぶんを滅ぼすことも知っていたが
もうそれを止めることができなかった
川を渡り風に揺られ歩き続けた
彼はもう名前の意味を忘れ
丘の方角も見失った

残忍な勇者は
ある日ピストルを町で買ってきた
そして初めて持つピストルの重みを確かめて
試し撃ちをじぶんのなかの残忍に向けて放った
頭の中へ森の息吹が吸い込まれていくのを感じた
いとも容易く残忍な勇者はただの男になった
ただの男はただの人間になり
ただの人間は森の一部になった

しかし、ピストルだけが
そこに取り残されてしまった
ピストルの形を保ったまま
感情の欠片も残さずに