パティスリー訪問

店のドアを開けると、目の前には楽園が広がっていた。
あまりの衝撃にその場から、おずおずと後退して立ち去ってしまいたくなったが、ここで後退しては意味がない。でも、それを抑制しようとすると、あまりにも近づきすぎてしまう。距離感があきらかに欠如していく。
顔はこわばり、口の端あたりに笑みの一端が認められる、そんな表情になっているに違いないが。つまりは、なんというか、ああ、恍惚。

まず、深呼吸をしてゆっくりと店内を見渡す。
右と左、それから前と後ろを確認して、自分の位置を把握することに努める。
慌てることはない。美しく、それでいて芯のあるお菓子たちを正確に認識していけばいいのだから。
ここは焼菓子。ここはヴィエノワズリー。ここは生菓子。相手の表情が見えればこちらのもの。どん、と構えて、余裕の笑みを口元にそっと浮かべればいいのだ。

この楽園の一部をわたしは分け与えてもらえる。
わたしの周りの猛者に、押されても、踏まれても、ひるむことはない。
見るべきものは、そこではない。
スペシャルなもの、スタンダードなもの、それから好きなもの。限定のものもある。悩ましい。
悩ましいが、悩みすぎては瞬く間に周りの猛者に飲み込まれてしまう。関係はないが、本意ではない。
一歩だ。その一歩が実は大切だったりするのだ。その距離感がわたしには必要だ。
一歩踏み込む。
その一歩で、今選ぶべきものたちが少しずつ顔を覗かせはじめる。
なんと美しく力強いのか。ああ、やはり恍惚。
完全なる恍惚。

これとこれと、それからこれ。
決まった。一歩踏み出してからは早い。なんという決断力。やはり最初から決まっていたのだ。
第一印象。初めて見たときから決めていました。お願いします。
そんな具合。あとは伝えるだけ。

これとこれとこれ、をください。
(ああ、なんという笑顔で対応してくれるんだ。)
あとは、これも。あ、あとこれもください。
(ああ、向こうのほうが、どん、と構えている。)

あっという間に気持ちがぶれていく。
あの隣にあるあれも、その向こうにあるあれも。どれもこれも、運命の人に思えてならない。まるで覚えたての単語をしゃべるみたいに流れ出てきてしまうのを、遮るように、わたしはこの一言を言うのだ。

以上でお願いします。
なんという、決定的な終了を告げる言葉だろう。
でも、これでわたしの選択は終了した。あとは自分のところに来るのを待つだけだ。選択は苦しいが、避けては通ることができないのだ。

あとはわたしのもとに来るあいだ、余裕を持って店内を見渡す。
次はいつ来られるのだろう。次はなにを選ぼう。そんなことを思いながら。
あきらかな笑みが、顔全体に広がっていくのを、ひしひしと感じ取りながら。
受け取るときにはもう、笑みを隠すことさえ忘れていた。受け取った袋を必死に掴み、楽園をあとにする。
ぶら下げた袋の平衡を取ることに集中しながら、あとは家へと帰るのみ。
ああ、恍惚。