偽りなき偽りの世界

眠る少し前に
からっぽになろうと
彼は毎晩思う
しかし
それは毎度
容易なことではなかった
というより
ほとんど上手くいかなかったわけだが
彼は毎晩からっぽを求めた
そして
気づかぬうちに朝になり
彼は彼自身として
日々のなかの一日を始める
なんら変わらない表情を浮かべ
存在を確かめるように笑い
時間を感じるように真剣を演じた
まるで世界が偽りのようだ
彼は毎晩ベッドで身を丸め
頭を軽くして
すべてをからっぽにする
そして今日も上手くいかない
また知らず知らずに
夜のなかへ落ちていく
彼は夜に落ちていきながら
ある風景をみた
それは地図であり感情であった
また記号であり立場であった
あるいは絵画であり現実であった
そしてもちろん
そのどれでもなかった
彼は彼自身であり
彼自身ではなかったということ
最初から世界は存在しない
存在すらしない
なにかが耳元でざわめく
文明か秩序か真理か創造か
彼は目覚める
昨日までの彼はいない
周りのひとつひとつも昨日とは異なる
しかしそれには気がつかない
彼自身も変わってしまったから
なにひとつとして
存在を形作るものはない
車が走る
ビルが騒ぐ
人が行き交う
どこまでいけば
その細部までいけるのか
また夜になる
また知らず知らずに
世界へと落ちていく
偽りなき偽りの世界へと