物語の途中

月曜日のよく晴れた午後
少女は窓から遠くに見える山を見ていた
その山の頂上に木こりの家があるのだと
少女は信じて疑わなかった

雨に降られて駆け込んだ喫茶店
ビニール傘を無造作に丸めた黒縁眼鏡の男
コーヒーを頼んでハンカチで顔を拭く
ミルクは入れずに砂糖を山盛り三杯入れた

都会のとある交差点
角にあるたい焼き屋のアルバイトの女の子
先月二十四歳になったばかりで
あんこよりクリームの方が未だに好み

隣の家から聴こえるピアノ
男の子は二歳からピアノを弾き始めた
絶対音感を持つ男の子は五歳になったある日
自分の奏でる音にうんざりしていた

七人兄弟の末っ子として生まれた少年
小学生にして甥っ子が生まれた
キャンディーを噛んでしまう癖があったが
家族の誰からも注意されることなく育った

祖父から買ってもらった掛け時計が0時になり
次の日を告げているベッドのなかの女
本を読まずに眠ることがいつしかできなくなり
男のことはずっと昔にあきらめたが眠るまえだけは別だった

自らの肉体が滅びてから脚光を浴びた男性画家
生涯独身を貫いてきた彼だったが
五十歳を過ぎた頃に突然の春が訪れ
彼は筆ではなく彼女の手をとり才能のチャンスを先送りにしてしまった

夜中に目を覚ましたビーグル犬
夢があまりにもロマンチックで現実的なものだったので
自分の鼓動の音と空腹を感じながら
もう一度その夢を見ようと必死に舌を出すのを堪えている

毎朝ゆで卵を食べている初老の紳士
英字新聞を広げコーヒーを二三杯飲んでいる
いつもより茹で時間が短かったために黄身が溢れ
お気に入りの白シャツに染みを作ってしまい憂鬱な表情を浮かべている

二階建てのアパートに住む女子大生
神経質なためになかなか眠れない日々が続いていた
隣の部屋から聞こえるペンの床に転がる音でさえ
彼女の耳には目覚まし時計のように響いてしまう

渋滞する車の運転席の男
ダンヒルのスーツを来てデートに向かう途中であった
ドリンクホルダーに置かれた覚めたカプチーノ
時計の針は恐ろしいほどに早く進む

久しぶりの休日に映画を観にきたカップル
あまりに退屈な映画であったために
ほとんど寝てしまった彼は
彼女に詫びようとしたが彼女もまた眠っていた

駆け落ち同然の結婚をした女性絵本作家
行きつけのカフェで人々を観察することが好きだった
あらゆる人々をこうして窓隔てて眺めることで
それぞれに短編小説のような切なさと豊かさを感じた

失恋で傷ついた心を癒すために旅をしている青年
バス停で運命的な出逢いなど起こるはずもなく
無造作にしまい込んだポケットの中の小銭に
孤独と諦めを見つけてしまった

五月雨に迷うひとりの男
ベンチに腰掛ける自分の姿を想像し飽き飽きする
これから起こる不可思議な出来事の行方を
ひっそりと待ちわびて眠りに帰った

これはただの物語の途中に過ぎない
神様があるいは白髪混じりのジェントルマンが
そのように申していたのだと
森の奥に住む木こりは本を読み知ったのだった